梅雨の合間の晴天の7月14日、てんぷら油で走るエコバスを使って、15名でこころみ学園に行ってきました。こころみ学園は社会福祉法人こころみる会が運営する、知的障がい者がともに暮らし働く知的障害者更正施設です。90名の園生がぶどうや椎茸の栽培、ワイン作りを行っています。沖縄サミットの最後の晩餐で乾杯に使われたワインで名前を記憶している方も多いかと思います。見上げると、元気な人が見てもちょっとひるむ様な急勾配の斜面の畑にぶどうの房が実を付け始めていました。
手作りのこころみ学園とワイン作りへの挑戦
こころみ学園は1950年代、当時中学校の特殊学級の教員だった川田昇さんが、特殊学級の子どもたちと急勾配の山の開拓を始めたのが発端です。特殊学級の生徒たちは卒業しても就職が難しく、子どもたちの帰れる場として、農作業のできる場所を作ろうとはじめました。公的な助成金を受けず、賛同する先生たちと共にバラックに寝起きし、当初は無報酬で、むしろ外に働きに行って得た収入をつぎ込んで、手作りでの学園づくりをはじめ、1969年、こころみ学園が誕生しました。
当初は園生の自立をめざして椎茸の栽培をしたり、また近隣の工場などで働くなどしてきましたが、急斜面のぶどう畑は日当たりも水はけもよく、ぶどう栽培には最適の条件でした。すべて手作業で枝の剪定を行い、枝拾いをし、ぶどうの房に袋をかけ、堆肥を運び上げる作業は、障害者でなくても大変な労働です。収穫したぶどうは何より大切な宝物であることは、教えられなくても一人一人の気持ちの中に自然に育って「寡黙な農夫」にしたといいます。
隣接してココファーム・ワイナリーがオープンしたのは1980年。重度の知的障害で就職が難しい園生のため、園生の親が出資してワインの製造販売のための有限会社として設立しました。カリフォルニア州から半年の契約で招いたワイン醸造技術者のブルースさんは、川田さんと知的障害の園生の姿に共感し、そのままココファームのワイン作りの仲間となったそうです。
働くことから生きる自信へ
いろいろな法律上の制限があり、社会福祉法人、有限会社、農家の3つを使い分けており、ココファームがそのまま障がい者の働く場所とはなっていません。ココファームで働く障害者は3名だそうです。園生は得意な作業を分担して機能訓練としています。ぶどう栽培のための農作業も訓練の位置づけで、働いた収入は学園の収入として、洗濯をしたり料理をしたりして働く人も含めて、みんなで分け合う形式になっています。学園の歴史が深いだけあって、最高齢者は80歳を越え、半数が高齢者だそうですが、みんなでたすけあって生活しています。
サミットで採用されたスパークリングワインは名前を伏せてテイスティングをした中から選ばれたそうです。決して障がい者の作ったワインだから選ばれたのではないけれど、障がい者だから、かけひきなく手間隙かけて作ったから、美味しいワインが出来たということなのでしょう。美味しいワイン以上に、そこで働く障がい者たちが自信に満ちた表情をしていることにすがすがしさを覚えました。
ぶどうの山の前で川田園長先生を囲んでワインの試飲
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